キウイフルーツ果実に含まれるソラレン濃度の測定

 

多くのサイトで「キウイフルーツ(キウイ)には光毒性をもつソラレンが含まれる」とか、「キウイフルーツ(キウイ)にはソラレンがたくさん含まれるので、朝食べてはダメ」あるいは「キウイフルーツ(キウイ)を食べてから日光を浴びると、日焼けやシミがひどくなる」ということが、もっともらしく書かれています。しかし、どのサイトを見ても、キウイフルーツ果実にどれだけのソラレンが含まれているかが書いてありません。

さて、この情報は本当でしょうか?本当だとすると、せっかくのビタミンC(アスコルビン酸)たっぷりのキウイフルーツを朝から食べるのが心配になりますね。では、結論から言います。

キウイフルーツにソラレンが含まれているというのはまったくの間違いです。科学的根拠も、それらしい資料も何一つない、完全に事実無根の誤情報です。したがって、キウイフルーツを朝食べると、日焼けやシミがひどくなるという話も、すべて間違いです。キウイフルーツを一度に1,000個食べても、ソラレンの問題はありません。

私は実際に、キウイフルーツ果実に含まれるソラレンおよびその関連物質の量を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって測定してみました。その結果、ソラレンはもちろんのこと、その構造類縁体である5-メトキシソラレン(ベルガプテン)、8-メトキシソラレン、イソソラレン(アンゲリシン)も、いずれも検出されませんでした。この測定法の検出限界値から計算すると、キウイフルーツの可食部100グラム当りに含まれるソラレンの量は、7.5マイクログラム未満(0.0000075グラム未満)という結果になりました。もちろんまったく含まれていない可能性も大いにあります。この実験の詳しい説明は、こちらのページをご覧ください
 

ソラレンを何ミリグラム経口摂取すると有害なのかという、はっきりとしたデータはありませんが、仮に多くの人が書いている810ミリグラム0.0080.010グラム)摂取すると良くないとしましょう。これをもとに計算すると、キウイフルーツを107133キログラム食べると、もしかしたら良くないかもしれない、という計算になります。キウイフルーツは1個が約100グラムですので、「ソラレンが心配ならば、いっぺんにキウイフルーツを10701330個は食べない方がいいですよ」という笑い話になります。本当は、この記事のタイトルのように「キウイフルーツ果実にソラレンは含まれていない」という表現は、科学的には使うべきではありません。検出限界以下のごく微量でも含まれていれば、「含まれていない」というのは、科学的には不正確だからです。しかし、自分の体重の2倍もの量のキウイフルーツを食べても大丈夫という濃度(含量)であれば、一般的な感覚として「キウイフルーツ果実にソラレンは含まれていない」と言い切っても、問題はないでしょう。

では、どうしてキウイフルーツにソラレンが含まれる(サイトによっては「たくさん含まれる」とか「豊富に含まれる」とも書かれています)という完全なデマが広まったのでしょうか。私が調査した結果は、以下のとおりです。

1.TBS2015727日に放送した「世にも不思議なランキング なんで?なんで?なんで?」というバラエティ番組で、「グレープフルーツ、レモン、オレンジなどの柑橘類やイチジク、キウイなどのフルーツ、セロリやパセリなどの野菜には、光毒性をもつソラレンという物質が含まれていて、これらのフルーツや野菜を朝食べて、その後日光を浴びると、紫外線を吸収しやすいため日焼けやシミ・シワが増える可能性がある」という情報が流れた。

2.これまで美肌のために良いと思われてきたビタミンC(アスコルビン酸)たっぷりのキウイフルーツなどが、実はシミやシワを増やす原因かもしれない、というセンセーショナルな内容であったため、多くの人がネット上のサイトで紹介した。

3.その後、同様の内容が、同じくTBSの「林先生が驚く初耳学!」、日本テレビの「ヒルナンデス」、テレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」や「日本人の3割しか知らないこと くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館」その他で取り上げられ、認知度が上昇した。

4.これにより、さらに多くの人がいろいろなサイトで紹介し、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSを介して拡散した。

5.あまりに多くのサイトに同じような内容が書いてあるため、多くの人がこの情報を信じるようになった。やがて美容関係者、ヨガインストラクター、薬剤師、栄養士・管理栄養士、鍼灸師、美容外科や皮膚科のクリニック関係者などの専門家や専門職の中にも、エビデンスの検証もせず、半ば常識と勘違いしてこの誤った情報を種々のサイトに書いて広める人が増えてきた。

6.ついには研究者までが、何の文献も引用せずに「キウイフルーツにソラレンが含まれ・・・」と学術論文に記載するケースも出てきた。(この著者には、根拠なく誤って書いたことを確認済み。)

このような経緯で、今では「キウイフルーツにソラレンが含まれる」という事実無根のデマが、半ば既成事実化してしまったようです。

最近になって、TBSの「世にも不思議なランキング」の、当時の番組プロデューサーの方とお話することができました。何の根拠があって「キウイフルーツにソラレンが含まれる」とされたのかをうかがいましたところ、次のような回答が返って来ました。「いろいろ探したのだが、キウイフルーツにソラレンが含まれるという根拠となる資料がみつからない。そのため、根拠資料を提示することができない。しかし、訂正やお詫びもできない。」正直ではありますが、ひどい話です。これでは、エビデンスもなしに何でも言いたい放題ということになってしまいます。

私はキウイフルーツ果実成分の分析を専門に行っているため、ここではキウイフルーツについての疑惑だけを取り上げましたが、この話には、怪しい点が他にもたくさんあります。たとえばイチジクですが、文献調査をしたところ、イチジクの葉にソラレンが多量に含まれるという文献は確かにありました。しかし、イチジク果実ではソラレンは検出されないとも書かれていました。したがって、イチジク果実に多量のソラレンが含まれる、というのも、おそらく間違いでしょう。また、セロリについても、真菌に感染して菌核症を発症したセロリではソラレンが何倍にも増えるようですが、普通に食べるセロリでは、おそらく問題になるような量のソラレンは含まれないようです。グレープフルーツやオレンジも、皮にはある程度含まれるようですが、果肉に含まれるソラレンはそれほど多くなく、普通に食べても日焼けが増すようなことはないでしょう。このように、この話はかなりの部分が虚構と言えそうです。

では、なぜこんなデタラメな話が、いつまでも淘汰されることなくネット上にあり続けるのでしょうか?私なりに次のような理由を考えました。

1.ソラレンは目に見えるものではないので、一般の人が誤りであることを見抜くことが難しい。

2.研究者が測定してみれば、すぐに間違いだとわかるが、「キウイフルーツ果実には、ソラレンが含まれていなかった」という内容では、学術論文にはなりえないため、本気で測定をする研究者がいない。

3.番組では、「オレンジ、キウイフルーツ、セロリなどはソラレンを含んでいるので、食べてはいけない」とは言っていない。「これらもいろいろな有用な機能性成分を含んでいるので、食べる時間帯を考えるべき」と主張している。したがって、ドールやサンキストといったこれらの果実およびその加工品を扱う大手企業も、テレビ局や各サイトの運営者(消費者でもある)と対立して(たとえば訴訟を起こして)まで事の真偽を争うことに得がない。

4.事実と異なる内容がネット上に記載されていても、それを排除する方法がない。たとえば、「健康に良い」ことを謳うことによって商品を販売しているのであれば、JAROや消費者庁などの窓口から、是正を問うことが可能である。また、事実と異なることを書かれて、人権侵害が起きているのであれば、総務省や警視庁を窓口として、情報の削除を依頼することが可能である。しかし、今回のケースはそのいずれにも当たらないため、情報を排除するための糸口が見つからない。

このような訳で、いまのところ、各サイトの運営者の方に一件一件記載内容の修正をお願いするしかないのが実態です。それでも2020315日現在、97か所のサイトの運営者様にご理解をいただき、「キウイにソラレンが多く含まれる」などといった記述を修正していただくことができました。ご理解・ご協力をいただきましたサイト運営者の皆さまに、厚く御礼申し上げます。あとは、これ以上追随する番組が出て来ないよう、放送倫理・番組向上機構(BPO)を通じて、「明確な根拠資料がない限り、ある食品に毒性を示す物質が含まれているなどと言うことは許されない」ことを、各放送局に釘をさしていただきました。

本当にとんだ空騒ぎです。しかし、良い勉強にもなりました。根拠のない有害情報が流れた場合は、「根拠のないことはやがて消えるだろう」と楽観していてはいけません。可能な限り早く、情報を流した団体の倫理委員会なり、JARO消費者庁総務省法務省警視庁BPOインターネット 違法・有害情報相談センターファクトチェックなどの適切な窓口から、有害情報を封じ込める必要があります。そうしないと、誤情報はやがて広範に拡散し既成事実化して、手の施しようがなくなるかもしれません。今回の「キウイフルーツにソラレンが含まれる」のような悲劇を繰り返さないために、ぜひご注意ください。